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東京地方裁判所 昭和31年(行)14号 判決

原告 馬淵分也

被告 総理府恩給局長

訴訟代理人 岡本元夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対し昭和三十一年三月三十日付(具)第八〇八号をもつてなした裁決は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告の長男馬淵竜雄は昭和十三年九月十二日軍人として戦死したので、原告は、当時の恩給法により扶助料年額金五百五十円を同年十月より軍人恩給の廃止に伴い扶助料を給しないことになつた昭和二十年迄支給されていた。

二、然るに、恩給法の一部を改正する法律(昭和二十八年法律第百五十五号)によつて軍人恩給が復活したので、原告は被告に対し、昭和二十八年十一月二十日付で扶助料の請求をしたところ、被告は、昭和二十九年九月二十九日陸乙公東第一三六七八〇号を以て、原告及びその妻は、軍人竜雄死亡後昭和二十一年七月三日に分家して同人の属していた家を去つておるので、右恩給法の一部を改正する法律(昭和二十八年法律第百五十五号)附則第二十八条の規定によつて、昭和二十三年法律第百八十五号による改正前の恩給法第七十六条及び第八十条の規定が適用されて、扶助料を受ける権利及び資格を失い、従つて、昭和二十八年法律第百五十五号附則第十条第一項第二号にいう「旧軍人又は旧準軍人の死亡後恩給法に規定する扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由に該当しなかつたもの」というに当らないので、同条の規定により、扶助料を受ける権利を取得しないとの理由で請求を棄却した。

三、右の請求棄却処分は次の理由により違法である。

(1)  昭和二十八年法律第百五十五号附則第十条第一項第二号(以下単に附則第十条第一項第二号という)にいう「扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由」とあるのは、同附則第二十八条の規定するところにより、原告の場合については、現行の恩給法第七十六条及び第八十条第一項第三号の定める「父母又は祖父母婚姻に因り其の氏を改めたるとき」に限らるべきであるのに、原告は、その何れにも該当するものでない。

(2)  原告が昭和二十一年七月三日分家したことは被告のいう通りであるが、家の観念は、昭和二十三年一月一日新民法の施行後は法律上認められないものであるから、附則第十条第一項第二号の解釈に当つても、これに家の観念を入れ父母が「其の家を去つたとき」はこの事由に該当するというように解釈すべきではなく、公務員戦死当時と現在時とにおいて父母であれば、第一順位の遺族としてこれに扶助料を受ける権利又は資格を認めるべきである。然るに廃止された旧民法とその施行下の廃止恩給法とに依拠して、家を去つた者は資格なしと解するのは、憲法第十四条に反する違憲の解釈である。

(3)  原告は右のように分家したけれども、馬淵家の祭祀は引続いて祖先の分も軍人竜雄の分も原告が行つているのである。「家を去る」とは生計を共にしなくなつたこと、すなわち死亡したものの祭祀墳墓の管理を放棄することを意味し、その形式的表現に外ならず、原告はこれを放棄することなく引続き竜雄の祭祀を主宰しているのであるから、原告は軍人竜雄の属していた家を去つたことにはならない。

(4)  原告は現在戦傷病者戦没者遺族等援護法による遺族として、年頒金一万円を受けている者であるが、同法にいう遺族と恩給法にいう遺族とについて異つた取扱いをする被告の処分は憲法違反である。

右の理由により、原告は、昭和三十年六月十一日附を以て恩給法第十三条第一項の具申書を提出したところ、被告はこの裁決の具申に対して、昭和三十一年三月三十日付で棄却の裁決をなした。

右の裁決も亦前記被告の原処分につき主張したと同じ違法を具有するので、その取消を求めるため、本訴請求に及んだ。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告がその主張のとおりの事由に因りかつて扶助料の支給を受けていたが、これを支給されなくなつたこと、被告が原告の扶助料の請求につき原告主張の理由で棄却の処分をし、かつその裁決の具申に対してもその主張の通りの棄却の裁決をしたことは、争がない。

二、附則第十条第一項第二号にいう「恩給法に規定する扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由」には、改正前の恩給法において規定されていた事由も含まれるものである。何となれば、軍人恩給は昭和二十年勅令第六十八号恩給法の特例に関する件の施行により廃止され、旧軍人の遺族に認められていた扶助料を受ける権利又は資格もまた失われてしまつたのであるが、昭和二十八年法律第百五十五号により、あらたに旧軍人の遺族に対し扶助料を受ける権利又は資格を与えるにあたり、右遺族のうち過去において恩給法に規定する扶助料受給資格喪失事由に該当するものをこれより除外しかかる事由に該当しないもののみに右受給資格を与えることにしたに外ならず、附則第十条第一項第二号にいう失格事由は昭和二十三年法律第八十五号による改正前の恩給法(以下単に改正前の恩給法という)に定める事由をも包含するものであるからである。

ところで原告は改正前の恩給法第七十二条第一項に定める遺族であるが、昭和二十一年七月三日竜雄の属していた戸籍から分家したことによつて改正前の恩給法第八十条にいう「其ノ家ヲ去リタルトキ」に該当し、附則第十条第一項第二号のいわゆる扶助料を受ける権利を失うべき事由があつたものであるから、附則第十条第一項第二号にいう欠格事由があり、同条第一項の受給資格を取得し得なかつたものである。

三、このように附則第十条第一項第二号の「恩給法に規定する扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由」に改正前の恩給法第七十六条及び第八十条に規定する「家ヲ去リタルトキ」という事由を入れたのは、一般に身分関係については、その身分の異動を生じた時における法律によつて律せられるべきものであるから、軍人の遺族の身分関係についても、その身分の異動を生じた時における法律によることとし、あらたに扶助料を受ける権利又は資格を定めるにつき過去にかかる身分関係の変動のないものだけ右権利又は資格を与えただけのことであつて、それによつて新に家の観念を認めたということではない。かりに、昭和二十一年勅令第六十八号恩給法の特例に関する件の施行によつて軍人恩給が廃止されなかつたとすれば、当時の恩給法第七十六条及び第八十条の規定により当然扶助料を受ける権利又は資格を失つていた筈のものであり、文官の遺族については、同条は現実に適用されていたことからいつても、軍人についてのみ原告のいうような特例を認めることができないのは当然であるから、原告の主張は理由がない。

理由

原告は、長男である馬淵竜雄が昭和十三年九月十二日軍人として戦死したので、当時の恩給法により扶助料を支給されていたが、昭和二十一年勅令第六十八号により軍人恩給が廃止され、原告も右扶助料を支給されないことになつたこと、原告は被告に対し昭和二十八年法律第百五十五号による扶助料請求を昭和二十八年十一月二十日付でなしたが、原告は昭和二十一年七月三日分家したので、被告は昭和二十九年九月二十九日付で原告主張のとおりの理由により右請求を棄却したこと、そこで原告は昭和三十年六月十一日附を以て具申書を提出したが、被告が昭和三十年六月十一日付を以て具申書を提出したが、被告が昭和三十一年三月三十日棄却の裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

従つて、本件における争点は専ら附則第十条第一項第二号の解釈を中心とするものであるが、

先ず同号にいう恩給法に規定する扶助料を受ける権利又は資格を失うべき事由には、改正前の恩給法第七十六条及び第八十条第一項第三号の父母等が「其ノ家ヲ去リタルトキ」をも含まれるか否かについて考えるに、被告のいうとおり、軍人恩給は昭和二十一年一月一日廃止され従来旧軍人の遺族に認められていた扶助料を受ける権利又は資格は失わしめられたが、仮に軍人恩給が廃止されなかつたとすれば、当時の恩給法第七十六条及び第八十条の規定により当然扶助料を受ける権利又は資格を失つている筈である。引続き恩給法の適用を受けている文官の遺族については現実にその適用を受けてきた。従つて法の適用を公平にし両者の均衡を得る趣旨からも、はたまた同条の文理解釈からこれを積極に解することが妥当である。このことは附則第十条第一項第二号において、旧軍人の父母又は祖父母が昭和二十三年一月一日以後になした婚姻(氏を改めなかつた場合に限る)を「恩給法に規定する」失格事由から除外していることからも明らかである。

右の規定は、これによつて新たに家の観念を認めたということにはならない。何となれば、軍人の遺族の身分関係について異動を生じた時に、その時施行されていた法律によつてその効果を定めるのは他の身分関係についても同様であつて、ただたまたま当時の法律に家に関する規定があつたというだけのことである。すなわち昭和二十八年法律第百五十五号はあらたに旧軍人の遺族に扶助料を受ける権利又は資格を与えるにあたり、これを遺族全部に及ぼさず一定の範囲のものに限定したのであるが、その限定の基準の一として改正前の恩給法に定める失格事由を掲げたものにすぎず、文官の遺族にして改正前の恩給法により扶助料受給資格を失つたものが現行憲法施行後もその受給資格を失つたものが現行憲法施行後もその受給資格を失つたものが現行憲法施行後もその受給資格を回復することのなかつたことを考え合せれば、右のような資格の制限は憲法第十四条のみならず同法第二十四条その他の規定のいずれにもていしよくするものでないと解するのが相当である。

次に分家したことは、家族がその属する家から分離して別に一家を創立したことであつて、当時の恩給法にいう「家を去つた」ことに該当することは明らかである。原告の場合、分家したことに特別の事情があり、他方分家後も祖先の祭祀を事実上原告において行つている車実が認められたとしても、「家を去つた」という分家の効果には何等影響がないところである。何となれば当時の恩給法は、死亡者の祭祀は祭具及び墳墓の所有権を有する戸主においてこれを行うことを予定し、遺族の扶助料受給資格の有無は死亡者の属した家の戸主又は家族であるか否かによつて決定していたものであつて、死亡者の祭祀を実際にとり行うのが何人であるかを問わなかつたからである。

また、原告が主張する戦傷病者戦没者遺族等援護法と恩給法とは、その立法の趣旨において夫々異なり、従つて遺族に関する規定も相違するところがあるので、その取扱方において両者に相違のあることは寧ろ当然であつて、この事は何等憲法に違反するものではない。

以上の如く被告の裁決には違法の点は認められないので、原告主張は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 菅澄晴)

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